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アイリ
いいお湯だった〜。
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アイリ
お兄ちゃん、お先〜。
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レン
ああ。
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レン
…俺も入って来るか。
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風呂上がりのアイリに背を向けたまま、キャリーバッグの中から着替えの衣類を取り出す。
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敷き詰めた布団の上にちょこんと腰を下ろしたアイリは、鼻歌混じりで濡れた髪をバスタオルで拭っていた。
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レン
…、
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何気ないその動作が甘いシャンプーの香りをふわりと漂わせれば、
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鼻腔を突き抜けて理性の塊を刺激するのは当然のことで。
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レン
(アイリは、妹だ…、妹…)
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ぶつぶつと脳内で繰り返しながら、無言で風呂に入る支度をする。
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…が、
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レン
……、
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レン
(…何やってんだ、俺は)
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煩悩を捨て去ろうと念仏を唱える修行僧みたいな自分に、乾いた笑みが込み上げてくる。
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レン
(まるで、蛇の生殺し状態だな…)
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アイリ
ねえ、お兄ちゃん。
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レン
…っ、!
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いきなり横合いからアイリがひょっこり顔を覗かせたせいで、
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ギクリとして声を詰まらせた。
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レン
っ、なんだよ…?
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アイリ
…なに、そんなにびっくりした?
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レン
いや…、
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アイリ
まあいいや。
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アイリ
あのさ…、
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アイリ
ちょっと聞きたいことがあるんだけど…
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どこか探るように、
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それでいて遠慮がちなアイリの口調に、平常心を取り戻して向き直る。
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レン
聞きたいこと?
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アイリ
うん、
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アイリ
前から聞こうと思ってたんだけど…、
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レン
ああ。
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アイリ
お兄ちゃんてさ…、
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アイリ
彼女とか、いたりするの?
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レン
…、彼女?
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アイリ
うん、恋人…、いる?
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レン
(何を聞くかと思えば…)
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かぶりを振って緩く笑う。
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レン
彼女なんていねーよ。
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アイリ
そうなの?
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レン
ああ。
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アイリ
…ふーん。
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腑に落ちないといったように視線を横に流したアイリはバスタオルを首に掛けると、その場に三角座りをした。
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レン
なんだよ、いそうに見えるか?
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アイリ
見える。
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レン
いきなり変な質問するじゃねーか、どうした?
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アイリ
ん…、
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アイリ
友達がね、
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アイリ
お兄ちゃんはイケメンだし、きっと彼女がいるはずだって、いつも言うからさ。
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レン
…へえ。
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レン
それで確認したくなったのか?
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アイリ
…まあ、そんな感じかな。
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レン
その友達に言ってやれよ、
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レン
<お兄ちゃんは意外とモテなくて、彼女もいないらしいよ>って。
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自己を嘲弄するような笑顔を晒して見せたが、
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アイリは同意するどころか、むうっとむくれてしまった。
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アイリ
そんなの友達が信用するわけないじゃん。
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アイリ
…お兄ちゃん、分かってないでしょ?
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アイリ
自分がどれだけいい男なのか。
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レン
そんなこと、考えたこともねえよ。
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アイリ
もっと自覚した方がいいよ。
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俺のことを叱るみたいに、どこか拗ねたように告げてから、
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アイリは三角座りの両膝に顎を乗せる。
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アイリ
……
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レン
……
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まるで小さな子どもが部屋の片隅でいじけてるみたいなその素振りに、
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俺は屈んだ姿勢のままアイリに近づくと、水気が残る頭をポンと一撫でしてそっと笑った。
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