Vol. 3 嘘ばかり上手くなる。 ・3

  • レン

    ちょっと待て、アイリ

  • アイリ

    …なに?

  • レン

    なんか変だぞ、おまえ…———、

  • 咎めようとした俺を躊躇させたのは、

  • アイリの熱すぎる体温だった。

  • いつもとは違う異常なまでの温もりを感じさせるその肌に、一瞬で憂慮に飲み込まれる。

  • レン

    …っ、おまえ、

  • レン

    もしかして熱があるんじゃねーか?

  • アイリ

    ……

  • レン

    …!

  • 力任せに引き寄せて額に手をやると、燃えるような熱さが手のひらを突き抜けた。

  • レン

    かなりな高熱じゃねーか!

  • アイリ

    ……バレちゃった。

  • バツ悪そうに呟いたアイリは、テーブルにプリンを置いて下方に視線を流す。

  • レン

    『バレちゃった』って…おまえ、

  • レン

    だから晩飯も食えなかったのか?

  • アイリ

    うん…、

  • アイリ

    作ってくれてたのにごめんね。

  • アイリ

    せめて、プリンやゼリーなら食べれるかなって思ったんだけど…、

  • アイリ

    やっぱり今は食欲ないや…、

  • アイリ

    買ってきてくれたのにごめん…。

  • レン

    …じゃあ、

  • レン

    テレビでスイーツの特集やってたって言うのは?

  • アイリ

    バレないように、そう言っただけ…。

  • レン

    いつから熱があるんだ?

  • アイリ

    ……夕方くらいかな…。

  • アイリ

    心配ないよ、夏風邪だと思うし、大丈夫だから…、

  • レン

    なに言ってんだ、大丈夫じゃねーだろっ。

  • アイリ

    っ…、

  • 思わず双眸の色を強くしたせいで、アイリの眉は八の字に下がる。

  • アイリ

    怒らないでよ…、

  • レン

    別にっ…、怒ってねーよ、心配でつい…、

  • レン

    ただ、なんでもっと早く言わねーんだよ、

  • レン

    電話のときに、すぐにでも熱があるって言えばよかったじゃねーか。

  • アイリ

    ……

  • 詰問めいた俺の口調に、アイリはぐっと押し黙る。

  • やがて、

  • 逡巡するように伏せた瞼がぎこちなく震えて、

  • いつもより少し乾いた唇がゆっくりと言葉を綴った。

  • アイリ

    だってお兄ちゃん、

  • アイリ

    残業が終わった後もまだ忙しそうだったし…。

  • レン

    …、

  • アイリ

    やっぱり言えないよ、

  • アイリ

    もしも話したら、無理してでも帰ってきてくれそうで…、

  • アイリ

    お兄ちゃん、優しいから、心配させたくなかったんだもん…。

  • レン

    ———

  • 健気な思いやりに言葉を失う。

  • 女と過ごすためにホテルに行こうとしてただなんて、到底言えるわけがなく。

  • レン

    (……、どうしようもねー野郎だ…)

  • アイリが欲しいから、自制を効かせるための情事だったとしても。

  • 体調を崩して苦しんでるアイリに気付いてやることもできずに、

  • 俺はあのとき、電話越しで何を考えてた?

  • レン

    (……何やってんだ、俺は…)

  • 何も悟られないように、いつわることが大半を占めていたに違いない。

  • レン

    ……ごめんな…。

  • 胸にギリッと苦い痛みが走って。

  • 喉奥からようやく滑り出た言葉は、ひどく掠れている気がした。

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