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レン
ちょっと待て、アイリ。
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アイリ
…なに?
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レン
なんか変だぞ、おまえ…———、
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咎めようとした俺を躊躇させたのは、
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アイリの熱すぎる体温だった。
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いつもとは違う異常なまでの温もりを感じさせるその肌に、一瞬で憂慮に飲み込まれる。
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レン
…っ、おまえ、
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レン
もしかして熱があるんじゃねーか?
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アイリ
……
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レン
…!
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力任せに引き寄せて額に手をやると、燃えるような熱さが手のひらを突き抜けた。
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レン
かなりな高熱じゃねーか!
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アイリ
……バレちゃった。
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バツ悪そうに呟いたアイリは、テーブルにプリンを置いて下方に視線を流す。
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レン
『バレちゃった』って…おまえ、
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レン
だから晩飯も食えなかったのか?
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アイリ
うん…、
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アイリ
作ってくれてたのにごめんね。
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アイリ
せめて、プリンやゼリーなら食べれるかなって思ったんだけど…、
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アイリ
やっぱり今は食欲ないや…、
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アイリ
買ってきてくれたのにごめん…。
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レン
…じゃあ、
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レン
テレビでスイーツの特集やってたって言うのは?
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アイリ
バレないように、そう言っただけ…。
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レン
いつから熱があるんだ?
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アイリ
……夕方くらいかな…。
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アイリ
心配ないよ、夏風邪だと思うし、大丈夫だから…、
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レン
なに言ってんだ、大丈夫じゃねーだろっ。
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アイリ
っ…、
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思わず双眸の色を強くしたせいで、アイリの眉は八の字に下がる。
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アイリ
怒らないでよ…、
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レン
別にっ…、怒ってねーよ、心配でつい…、
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レン
ただ、なんでもっと早く言わねーんだよ、
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レン
電話のときに、すぐにでも熱があるって言えばよかったじゃねーか。
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アイリ
……
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詰問めいた俺の口調に、アイリはぐっと押し黙る。
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やがて、
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逡巡するように伏せた瞼がぎこちなく震えて、
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いつもより少し乾いた唇がゆっくりと言葉を綴った。
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アイリ
だってお兄ちゃん、
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アイリ
残業が終わった後もまだ忙しそうだったし…。
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レン
…、
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アイリ
やっぱり言えないよ、
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アイリ
もしも話したら、無理してでも帰ってきてくれそうで…、
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アイリ
お兄ちゃん、優しいから、心配させたくなかったんだもん…。
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レン
———
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健気な思いやりに言葉を失う。
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女と過ごすためにホテルに行こうとしてただなんて、到底言えるわけがなく。
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レン
(……、どうしようもねー野郎だ…)
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アイリが欲しいから、自制を効かせるための情事だったとしても。
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体調を崩して苦しんでるアイリに気付いてやることもできずに、
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俺はあのとき、電話越しで何を考えてた?
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レン
(……何やってんだ、俺は…)
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何も悟られないように、
詐 ることが大半を占めていたに違いない。 -
レン
……ごめんな…。
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胸にギリッと苦い痛みが走って。
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喉奥からようやく滑り出た言葉は、ひどく掠れている気がした。
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