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じゃあ、ユヅキ、しばらくの間頼んだぞ。
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サクヤ君と仲良くしてやってくれ。
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ユヅキ
ん…分かった。
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父の言葉に頷きつつも、それ以上は閉口して視線を落としてしまう。
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大人としての態様は一応できてる。
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頭の中ではきちんと理解しているつもりだ。
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でも、本音を言えば、その心中は穏やかというわけではなく、
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むしろモヤモヤ感が泉のように湧き出ていた。
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…さて。
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部屋に戻って、読書の続きでもするかな。
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キザキさんの同居について、私や母の同意を得たことに安堵したのだろう、
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おもむろにソファーから立ち上がった父は、笑顔を湛えたまま自室へと姿を消してしまった。
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ユヅキ
……
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キザキ
……
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ソウタ
……
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リビングに残された私たち三人は、なんとなく無言のまま。
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キザキさんと、
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うちに寄ったソウタと、
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そして、私と。
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それぞれに沈黙の裏で巡らせている事柄は共通していても、
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弾き出される考えはおそらく異なるだろう。
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ユヅキ
……
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つまりは、キザキさんの我が家での生活について、だ。
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工事は最低でも3ヶ月かかるらしいが、
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父が言う<しばらくの間>というのは、無期限を意味する。
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承諾したとはいえ、私にとってそれはとても気が重いものだった。
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ユヅキ
…、
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なんとなく、隣に座るソウタを溜め息混じりにチラリと見遣る。
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さっきまで元気に喋っていたのに、今はただ押し黙っていて。
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ユヅキ
(ああ、そっか…)
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私のこのどんよりとした気持ちを察してくれたのだと、
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柄にもなくおとなしく佇むその姿に悟った気がした。
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キザキ
ごめんね、ユヅキちゃん、迷惑かけて…。
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ユヅキ
…あ、いえ…。
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キザキ
事務所の工事が済んだらすぐに出て行くから…ほんとにごめんね。
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ユヅキ
……
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ユヅキ
(この人も、こんな顔するんだ…)
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昼間の押し気味な相貌は微塵もなくて。
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健気に謝るその姿がまるで孤独な捨て犬みたいに見えて、
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ちょっとだけ、胸に切ない痛みを落とした。
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ユヅキ
…、
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ユヅキ
別に…、
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ユヅキ
すぐに出て行かなくてもいいですよ。
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キザキ
…え?
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ユヅキ
焦らなくても、いいかな…と。
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口をついて出た言葉は、本音だと思う。
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不遇な目に遭っている人に対して、
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これ以上のあからさまな拒否反応をする自分が、なんだか意地悪く思えて。
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こんな自分、きっと良くないから。
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ユヅキ
工事が終わっても、必要なものを買い揃えたり、
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ユヅキ
引っ越しなんかも大変だと思うので…、
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ユヅキ
慌てる必要はないです。
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キザキ
…優しいね、ありがとう。
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ユヅキ
別に、
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ユヅキ
困ってる人に無理をさせたくないだけです。
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キザキ
それが優しさだと思うんだけど…。
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ユヅキ
私じゃなくても、他の人でも同じことを言いますよ。
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キザキ
仮にそうだとしても、
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キザキ
やっぱりユヅキちゃんは優しいよ。
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ユヅキ
…、
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ユヅキ
優しくないです。
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キザキ
僕、人を見る目には自信があるんだけどな。
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ユヅキ
私に限っては、ハズレです。
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キザキ
ハズレだとは思えないけど。
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ユヅキ
なん、で…、
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取りこぼす事なく切り返してくるキザキさんはどこか余裕で、
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それがまた癪に障った。
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つい、可哀想だなんて思ってしまったのがいけなかった。
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余計な同情をしたから、どうでもいいやり取りを重ねてしまっている。
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意地を張る私もなかなかの頑固者だとは思うけど。
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ユヅキ
(……ダメだ、ちょっと落ち着こう)
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一旦声を区切り、小さな溜め息でやり過ごした。
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