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こんなとき、どんな言葉を掛ければ、その人の気持ちに寄り添えるのか。
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はっきり言って、私には、
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医学書一冊を丸暗記するよりも難しい気がした。
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だけど、
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自分がどんなに不器用でも、
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キザキさんの見えない涙を拭ってあげたい…、
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素直にそう思った。
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ユヅキ
前所長さんも…、
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ユヅキ
最期までキザキさんがそばにいてくれて、心強かったと思います。
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キザキ
……、
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キザキ
そうかな…。
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ユヅキ
そうですよ。
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ユヅキ
…最期までそばにいたこと、キザキさんは後悔してないんですよね?
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キザキ
もちろん、そうなんだけど…、
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頷いて、一旦言い淀む。
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言葉を模索するような静黙の後、キザキさんは再び言葉を綴った。
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キザキ
…前所長が自分の力で建てた大切な事務所を
火事なんかで失くしちゃって、 -
キザキ
放火なら尚更、結局は僕の不手際…。
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キザキ
…ほんと僕、なにやってるんだろうね。
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ユヅキ
…、
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ユヅキ
(…ああ、そういうことか…、)
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ユヅキ
(キザキさんはどうしてもそのことが…、)
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ユヅキ
(自分のことが許せないのか…)
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だから、アメリカの大学を辞めてまで帰国し、前所長のそばにいたことまでも
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やってはいけないことだったのではないかと、心が彷徨うに違いない。
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キザキ
……
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車がまた信号の赤で停車して、横断歩道を歩く人々を眺めるキザキさんの横顔は
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現所長として歩むことになった自分を蔑んでいるようにすら見えた。
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ユヅキ
……きっと、気にするなって言うと思います。
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キザキ
…え?
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ユヅキ
一人になったキザキさんを引き取って面倒を見るくらい器の広い前所長さんなら、
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ユヅキ
自分の病気のことよりも、アメリカから帰国したことを咎めた前所長さんなら…、
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ユヅキ
火事が起きたときに、キザキさんの身に被害が及ばなくて良かったって、
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ユヅキ
事務所がどうなったとしても、キザキさんが無事ならそれでいいって、
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ユヅキ
きっと、そう言うと思います。
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キザキ
……、
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ユヅキ
『今度は、おまえ自身の手で、新たに作り上げていくんだ』
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キザキ
——
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ユヅキ
私は前所長にお会いしたことはないですが、
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ユヅキ
キザキさんの話を聞く限り、キザキさんのことをとても大切に思っていたことが分かるから。
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ユヅキ
きっと、『そんなことで落ち込まなくていい』って、言うと思います。
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キザキ
…、
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ユヅキ
今も天国で…、
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ユヅキ
キザキさんの無事を笑顔で喜んでいると、私は思います。
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言いながら、空の彼方で笑顔でいるはずの前所長に思いを馳せる。
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ユヅキ
それに、
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ユヅキ
前所長から受け継いだものって事務所だけじゃなくて、
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ユヅキ
目に見えない大切なものもいっぱいあるはずで。
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ユヅキ
それってずっと、キザキさんの心の中にあり続けるわけで…、
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ユヅキ
キザキさんは、それをずっとしっかり守ってるから、
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ユヅキ
そのことも、前所長には伝わってるはずです。
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キザキ
……
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ユヅキ
……、
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ユヅキ
なんか、その…、
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ユヅキ
つまりは偉そうなことを言っちゃいましたね…、
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ユヅキ
すみません…。
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勢いに乗せて言い切ってしまった後で、気恥ずかしくなってしまい、こめかみの辺りを指先で掻く。
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キザキ
…、
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でも、
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ハンドルを握りしめたままのキザキさんは、まるで子どものようにふるふると首を振って。
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キザキ
ありがとう、ユヅキちゃん…、
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キザキ
気持ちが楽になったよ。
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ほんの少しだけ震える声で、嬉しそうに微笑んだ。
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キザキ
……キミに出会えて、本当に良かった。
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ユヅキ
…残念ですが、
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ユヅキ
出会ったことを今に後悔することになるかもしれないですよ…、
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ふふふ…と。
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珍しく企むような悪い顔をして見せると、
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キザキさんは一拍子の間の後、肩を揺らして大きく笑い出す。
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キザキ
…あはははっ、
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キザキ
ユヅキちゃん…っ、ほんとに、最高っ…、
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ユヅキ
……、
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キザキ
ッ、
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ユヅキ
……ちょっと。
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ユヅキ
あまりにも笑いすぎですよ?
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キザキ
あはははっ、ごめんごめん…っ、
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ユヅキ
……
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ユヅキ
(…でもまあ、)
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ユヅキ
(とりあえずは、良かったかな…)
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三日月のようになったキザキさんの眦には、
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もう涙の粒の幻影が映ることはなかった。
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