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ユヅキ
ば…、ばかっ、近いですっ。
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キザキ
うん…、
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キザキ
近いね。
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必然的に密着してしまう体勢は、心拍数を一気に跳ね上げる。
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ユヅキ
っ、…
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激しく打つ鼓動を絶対に知られたくない。
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気が動転しそうになるも、
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必死に平静を保ちながらキザキさんをじっと見定めた。
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ユヅキ
……セクハラで訴えてほしい?
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キザキ
いいよ、好きにしてくれて。
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ユヅキ
…ほんとに訴えますよ?
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キザキ
うん、どうぞ。
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堂々とした返事が頭上に落ちて、脅しは全く効果がないことを悟る。
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ユヅキ
(…ダメか)
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ユヅキ
分かりました、一緒に帰るから…、
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ユヅキ
ちょっと、離れてくれます…?
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キザキ
嫌。
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ユヅキ
え!?
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キザキ
お断りします。
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丁寧な低音がしっとりと耳奥に落ちて。
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躊躇いもなく吐き出された要求にたじろぐのは当たり前で、
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素っ頓狂に目を見開いた。
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ユヅキ
そんな勝手なわがまま、言わないでくださいっ…
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一応ここは静かな書店。
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図書館とまではいかないが、書籍がずらりと並び、
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訪れる人々も静かに品定めをしている場所だから
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大声になってしまいそうになるのを一際抑えつつ、ピシャリと言い放った…
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…が、
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全くと言っていいほど効果はなく。
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キザキ
イーヤ。
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そうかぶりを振りながら、
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キザキさんはさらに私を抱き込もうと、空いたもう片方の手を背中に回してきた。
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ユヅキ
こ、こらっ、なにするのっ…!
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キザキ
可愛いから、抱き締めようと思って。
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ユヅキ
な、なんでそうなるっ…!
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キザキ
だから、可愛いからでしょ。
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ユヅキ
ちょっと…!
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ユヅキ
誰もいないからって、調子に乗り過ぎですっ、
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キザキ
たとえ誰かいたとしても、関係ないけど。
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ユヅキ
何を言ってるんですかっ。
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ユヅキ
(こんなことされたら、ますます心臓が保たない…!)
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慌てて拒みつつ、さらに声を荒げようとしたそのとき、
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きゃあっ、…!!
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突如、店内のどこかで女性の甲高い悲鳴が轟いた。
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ユヅキ
――!?
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キザキ
…!?
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咄嗟にその場で周回するように辺りを見渡す。
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キザキさんも先程の態度とは打って変わって神経を研ぎ澄ましたように、
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私より高い位置の視界から周囲に視線を巡らせていた。
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キザキ
…、
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ユヅキ
……、
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強盗やひったくりなどの事件が発生したのかと思ったが、
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悲鳴が啼泣に変わったことで、そうではない別の胸騒ぎを覚える。
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*
…――ちゃんっ、りさちゃんっ!!
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必死に名前を呼ぶ声。
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ここからでは姿が見えないが、聞こえてくる声は悲愴感を増すばかりで、
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私とキザキさんは顔を見合わせた後、声のする場所を探りながら駆け出した。
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