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たまには、医学書以外に文庫本でも読もうと閃くのは、
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<こたつにみかん>が
画 になるこの季節だからなのか。 -
私はどうやら冬になると、
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自室に引きこもって読書に没頭したくなる傾向があるようだ。
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ユヅキ
そういえば、
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ユヅキ
秋から冬にかけてしか、あの本屋さんには行かないな…。
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口元まで巻いたニットマフラーの内側でボソボソとひとりごち、
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目的の書店が向こう側に現れたところで
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何気なく手前のカフェの入り口に視線を巡らせた。
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ユヅキ
……
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ユヅキ
…、っ、
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思わず二度見して、そして目を見張る。
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カフェの店内から、綺麗な女性と寄り添うようにして現れた人物にひどく驚いて、
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すぐさまくるりと背を向けた。
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ユヅキ
…、
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ユヅキ
(見てはいけないものを見てしまった感じだ…)
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胸が異常にドキドキしている。
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その鼓動は、ただびっくりしたときとはまた違う、自分でも不可解な振動で。
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ユヅキ
……帰ろう。
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なんとなく落ち着かなくて、
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本屋に行く気までも失せて。
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気付かれないように最大限に注意を払いつつ、そそくさと来た道を戻り始めた。
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……が。
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キザキ
ユヅキちゃん。
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ユヅキ
…っ、!
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キザキ
無視して行くなんてひどいなあ。
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ユヅキ
……、
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ユヅキ
(私の細心の注意ですら、この人には歯が立たないのか…?)
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密かに驚愕しながら。
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いつもより声のトーンが高めに届いたキザキさんの呼声に、
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ビクッと反射的に肩をすくめて足を止める…、
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というか、意図的に止まってしまった。
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キザキ
こんにちは、ユヅキちゃん。
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背後から穏やかな挨拶とともに近づいたキザキさんは、静かに私の目の前に立つ。
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凛としたジャケット姿のその腕に、タックカットソーの可憐な細い腕を絡めた隣の女性は、
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柔らかに微笑んでこちらに会釈した。
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男女が白昼堂々腕を組んで歩くとか、恋人っぽい。
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ユヅキ
(『…ぽい』、じゃなくて、『しっかり恋人』かな…)
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さりげなく観察しながら
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女性に向けてひとまずよそ行きの笑顔で愛想良く頭を下げた。
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キザキ
買い物?
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ユヅキ
…本屋へ、ちょっと。
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キザキ
そうなんだ。
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ユヅキ
……、
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ユヅキ
キザキさんは、デートですか?
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聞かなくてもいいことをつい口に出してしまう。
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私の質問に意表を突かれたのか、
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キザキさんは目を瞬かせて、ぽかんとしながら首を振った。
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キザキ
ううん、違うけど…
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ユヅキ
へえ、そうなんですね。
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ユヅキ
デートにしか見えないですけど。
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ユヅキ
(こら、黙るんだ、私っ…)
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内心で軽く叱っても、
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意思に反してどうしても意地悪くなってしまう口調を止めることができない。
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ユヅキ
…、
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小さく溜め息を漏らして、取り繕うように車道へと視線を飛ばす。
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ユヅキ
(…らしくない)
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ユヅキ
(とりあえず、ここは退散だ)
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号令のようなコマンドを自分に課して、キザキさんに視線を戻した。
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