-
ユヅキ
こらっ、
-
ユヅキ
待てって言ってるのに、聞かない人だな。
-
イシバ
……
-
すでに靴を履き終えて玄関ドアを開いたキョウヤに、少しばかり怒ったように言葉を投げる。
-
けれど、キョウヤはそれに対して言い訳するわけでもなく、
-
なにも答えないままでそっと振り返り、私に視線を合わせた。
-
イシバ
……
-
ユヅキ
ほら、これ…、
-
イシバ
……
-
ユヅキ
せっかくだから。
-
小ぶりな紙袋をキョウヤに差し出す。
-
中には、
-
手頃なサイズのタッパーに急いで詰めた、できたてのお昼ご飯が入っていた。
-
ユヅキ
さっき、オムライス作ったんだ。
-
ユヅキ
良かったら、時間のあるときにでも食べて。
-
イシバ
……
-
無言で受け取ったキョウヤの僅かに俯いた相貌には、ちょっとした翳りがちらついていた。
-
なにも言わないのは、
-
実はいろんな想いが渦巻いているからだということを、私は知っている。
-
子どもの頃から、習い事や塾の時間になると
-
友達と遊んでいる途中でどんなに楽しくても切り上げさせられて、悲しい思いをしたのだと
-
キョウヤが以前、話していたことがあったから。
-
今もまた、
-
久しぶりの私たちとの気の置けない時間をほとんど過ごせずに、
-
たとえ犬猿の仲みたいなキザキさんとでも、
-
近況や思い出話くらいは多少なりとも交わせただろうに、それすらも叶わずに。
-
その場から立ち去らなくてはならない、生まれながらにしての縛りみたいなものを改めて強く思い知って、
-
きっと、ほんの少しでも、寂しく感じたに違いないから。
-
ユヅキ
スプーンもタッパーも返さなくていいから、
気にしなくていいよ。 -
イシバ
……、
-
ユヅキ
あと、袋の中にペットボトルのお茶が二つ入ってるけど、
-
ユヅキ
一つは運転手さんの分ね。
-
ユヅキ
キョウヤがうちにいる間ずっと待っててくれてたし、渡しといて。
-
イシバ
……ああ。
-
ユヅキ
忙しいと思うけど、
-
ユヅキ
あまり無理しないようにね?
-
イシバ
……次はいつになるか分からないが、
-
イシバ
もしまた時間ができれば連絡する。
-
ユヅキ
うん、待ってるよ。
-
…だから、せめて。
-
自己満足だとしても、友達を支える想いに偽りはないから。
-
ユヅキ
仕事、頑張って。
-
ありきたりだけど、
-
心ばかりのエールをオムライスに添えた。
-
︙
-
キザキ
いいな、イシバくん。
-
キザキ
ちょっと羨ましい。
-
キョウヤを乗せた車が見えなくなるまで見送っていた私の横に追いついたキザキさんが、ぽつりと言う。
-
ユヅキ
あんなに忙しいのがですか?
-
ユヅキ
…というか、
-
ユヅキ
仕事の忙しさでは、キザキさんも負けてない気もしますけど。
-
キザキ
仕事のことじゃなくて、
-
キザキ
あのオムライス…、
-
ユヅキ
あっ!
-
ユヅキ
オムライス、早く食べないと冷めちゃうっ。
-
ポンと、キザキさんの肩を軽く叩いて踵を返す。
-
ユヅキ
(……頑張れ、キョウヤ)
-
もう一度、
-
心の中で、キョウヤにエールを送りながら。
-
→
タップで続きを読む