第17話:巣食われた

 先日未明のことである。リオ・マルティアという人物の死体が、路地裏で発見された。ネイケルよりも早く現場についた俺は、地面に横たわっているその男の生死を確認した後急ぎ、路地裏に見えない魔法の壁を貼った。これをすることにより、市民から見てこの場所は誰も居ないただの路地にしか見えなくなるし、おまけに市民が近づかなくなる。人払いにはうってつけだった。
 大事にならない為というのも勿論あるが、市民に知られないようにするというのが一番の理由である。
 死亡していたリオの腹部には刃物で何度も刺した後があったものの、辺りや衣服が荒らされたような痕跡は殆どなく、尚且つ刃物が見つからなかった。この情報だけでいうのなら、比較的仲のいい知り合いに刺された後その知り合いが刃物を持って逃げたというのが一番有力な推理かもしれない。だがこの場合はそうではなかった。
 何故なら、この男が深淵と既に触れているという時点で常識は既に通用しないものになってしまっているからである。

 この事件の半年ほど前、ネイケル・ヴォルタというひとりの貴族がリオ・マルティアと接触した際、深淵に触れていたということは聞いている。どうしていち市民が深淵と接触するという事態が起こったのかについては、マルティア家は過去にひとつの事件を起こしていたというところに付随されるものだろう。その過去の事件というのは十二年ほど前の話になるが、どうやらその事件自体が根が深い事柄らしく、その事件について再び慎重に洗い出しを行いながらも、接触したネイケルがリオの動向を把握するということになった。
 しかし、リオが死亡したのは正しくその最中だった。
 リオの死亡理由はあくまでも仮設ではあったが、微かに深淵の粒子が残っていたこともあり、リオが深淵で武器を形成し自ら刺したのではないかというのが貴族の見解だった。そしてその見解が正解だったというのが分かるのは、ネイケルが実体の持たないリオと接触した際、リオが発したという「せっかく自分だけで済んだのに」言葉によるものだった。
 ネイケルがリオと接触して以降、リオの気配が全くと言っていい程途切れてしまい、この街だけで処理をすることが困難になった矢先に、隣街で通り魔事件が起きたという話が耳に入った。どうやら一般人の犯行ではないらしいということもあり、ヴォルタ家の誰かが調査と銘打って隣街にまで足を運ぶという事態にまで陥った。

「……本当に行くの?」
「そりゃあな。流石に丸投げってわけにもいかねえだろ」
「それはそうかも知れないけど……」

 あれだけ時間をかけて話し合った後だというのに、まだ俺はネイケルが隣街にいくことを渋っていた。心配だったというのは勿論、仮にリオが隣街に居た場合の処遇はネイケルに委ねられることとなるから余計だった。
 これは信用していないという話ではなく、ネイケルがどういった判断をするのかが隣街に行く寸前になっても把握できなかったのだ。本人もどうするべきかと考えあぐねているのか、それとも本当に何も考えていないのかは分からないが、出来れば後者であって欲しいと思った。前者の場合、仮に情のようなものが含まれているのなら、それは余りにも荷が重く伸し掛かるものになってしまうからだ。
 本人はそれを全くと言っていいほど口にはしないが、それが余計に迷いを見せているような気がしてならなかった。

「……無言の帰宅だけはしてくれるなよ」
「んー……」

 この期に及んでそんな縁起の悪いことをわざわざ口にしなくてもいいのにと、普通ならそう噛みつくような言葉かもしれない。

「考えとくわ」

 だが、ネイケルはそれでもまともな返事を返してこない。ネイケルもそうだが、その父であるナタリオさんも妙に口が悪いというか、随分と誤解されそうな言葉を選ぶものだ。こういう時に思わず小言を口にしたくなってしまいそうになるが、それを何とか抑え口は出さないように努めた。親子のやり取りに首を突っ込むほどオレは自己主張は強くない。

「ま、なるべく早く帰ってくるわぁ」

 それだけ言ってすぐ、ネイケルは家を後にして行ってしまった。重要な仕事だっていうのに本人の言動は至って軽く、いつもの通りだった。それが余計に俺に難しい顔をさせていることに、恐らく本人は気付いていない。
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