第18話:孤独に別れを告げられない

 外に出たとき無意識に裏路地が気になってしまうのは、きっとその先に知り合いの家があるからで、それ以上でも以下でもないのだろうと思っていた。
 街の中を歩くことはあっても、あれ以来路地に行くなんていうことはしていない。行くなと言われたところに行くほど無鉄砲じゃないし、ひとりで行くなんてしたら多分怒られるどころじゃ済まないのだろうなということが何となく分かっているからだろう。
 だが、それでも広場に足を運んでしまっているのは、きっとまだ、自分がどれ程重大な事件の真相に近づこうとしているのかをしっかりと理解していないというのもあったからかも知れない。それとも、オレの知らないことがまだ沢山あるから無意識的に気になってしまっているからなのだろうか? どちらにしても、軽率な行動であることには変わりなかった。
 ……風に紛れた水の匂いが、酷く優しく、鬱陶しい。

『ねえカルト。シントがもう少し大きくなったら、大きな噴水のある場所に行ってみない?』

 この約十年の間、特に思い出すことの無かった両親のことを思い出しはじめている。

『そうだなあ……。もう少しっていうと後二、三年くらいか? いいよな、そういうの』

 それが良いことなのか悪いことなのか、今のオレにはまだ判断が出来ない。

『……そういうの経験したことないから、俺も色んなところ回ってみたいよ』

 言いながら空と一緒に飛沫を眺める父は、この時何を思っていたのだろうか? 生きていたならいつか起きていたであろう未来を、もしかしたら思い描いていたのだろうか?
 母の言ったもう少しというのは、恐らく悠に過ぎ去った。本当に、それくらいの時が経っていたのだ。誰の手も借りることなく立っていられるし、着替えだって当然出来る。買い物だってひとりで行くのは最早当たり前だし、店番は……どうだろう。分からないけど、とにかく沢山のことをひとりで出来るようになった。おじさん達の迷惑にはならないようにと、とにかく頑張ったのだ。それは、未来を切望していた当の本人達が何処にもいないということの現れでしかないのだが、それでもオレはやった。
 出来ることなら、この音だって煩わしいだなんて思いたくない。だって本当は、両親が好きだと言っていた噴水を純粋な目で見ていたいはずなのだ。オレは別に、それが街の噴水だろうがレズリーの家にある小さな噴水だろうが、なんだって構わない。少し遠くの、行ったことのない場所に行って見るそれは、果たしてどんなものなのだろう。ただの噴水も、見たい人と見れたのなら、やっぱりそれは特別なものになるのだろうか?
 オレには、それがまだよく分からない。そして同時に、こう思っている。
 何事もなく、父さんと母さんと再び噴水を見られることがあるとするなら、少しは理解が出来るのだろうかと。
 ここまで考えておきながら、一体何を思っているのかとオレは思わず頭をふった。もう叶うことのないただの願望であり我が儘は、どんなに考えたって意味がない。だからそれを口にすることは今までも無かったし、思うことも無かった。いや、そんなことを思う余裕すらオレには与えられてはいなかった。何もかもを忘れていたという前提の中で物事が進んでいたのだから、それは当然なのかもしれない。しかし、同時になんて薄情なのかとも思ってしまう。それが今はどうだ? 考えないようにすればするほど、思考は勝手に動いていく自分の浅はかな行動に嫌気がさしてしまいそうになるが、恐らくはもう手遅れだった。
 いつしかオレは、この噴水を単純に綺麗だと思える日が来るのだろうか? そんなことを、溢れ出る水を見ながら考えてしまっていたのが、恐らくは良くなかったんだと思う。

「……まただ」

 気付けばオレは、誰もいない街の中でまたしてもひとり佇んでいた。
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