第1話:耳障りな音飛沫

 ぺらり、と静かな店に響く新聞をめくる音は、誰の耳にも止まることなく地面に零れ落ちた。特になにを読んでいるという訳ではないが、今のオレは他にすることが無いのである。

「……暇だ」

 そう、簡単にいうと暇なのだ。
 オレがいるこの店 『Dear place』は、靴屋であると共に靴の修理とか、オーダーメイドとかも担っている。どちらかというとオーダーメイドの方をメインとしているから、どうしても飛び入りで入って来る人はそんなに多くない。オレはこの店の手伝いとか接客とか、その他雑用っぽいことを一応している。つまり客がいない今、オレはすることが殆どないのだ。
 靴屋の店主であるマーティスおじさんが靴を修理する音と、微かに流れている音楽が店内に響く中、オレは特に意味もなく新聞をめくった。今朝届いた新聞には、こんな見出しが書いてある。

『路地裏でまたも遺体発見。やはり連続殺人か』

 最近の新聞は、この類の話で持ちきりだ。
 路地裏で見つかった遺体は、この二週間で四人。遺体が見つかった場所は全部路地裏ということ。遺体の死亡推定時刻が午前零~三時頃だということ。遺体に複数の刺し傷がある為、通り魔ではなく明らかに殺意を持った人物の犯行っである可能性が高いということが分かっているが、いずれも、犯人の証拠となり得るほどの決定的なものがなにも残っていないことから、詳しいことは分かっておらず、魔法絡みの可能性も考えられるとして、貴族に協力を依頼しているとか何とか。
 警察が対応できない事件は、魔法という市民が使えない存在が関係している場合があるとされ、魔法を使える存在である貴族に回されることが多いらしい。
 実際はどうなのかは分からないけど、警察の監督不行き届きなだけで、別に魔法なんて関係ないんじゃないかと思うことが多いけど、今回は捜査が難航しているようだから、本当に魔法が関係しているのかも知れない。
 魔法は、貴族にしか使うことが許されていないから、魔法絡みの事件である可能性があるだけで大問題なのだろうけど、正直なところ、普通に暮らしていれば余りピンとはこない。
 当たり前ではあるが、どうやって魔法を使えるのかなんて、一般市民のオレらが知る術なんてない。つまり、市民が魔法を使えるということはあり得ないのだ。
 魔法についてなんて別に考えたくもないけれど、こう毎日貴族だ魔法だといった記事ばかりだと、考えざるを得なくなるというものである。オレは別にどうでもいいんだけど、どういうわけか、貴族を余りよく思っていない市民が多いらしい。
 地位が高い存在は、得てしてそういう対象になってしまうのだろうけど、確かに余り関わりたくはないとは思う。なんとなく、面倒ごとに巻き込まれそうだから。という曖昧な理由だけがそこにはあった。

「シントお兄ちゃーん」

 奥の扉からオレを呼ぶ声が聞こえてくる。声の主は、この家の長男であるレノンだろう。

「シントお兄ちゃん、お母さんが……って、また新聞読んでるの?」
「うん。ちょっと暇すぎてね……」
「面白い?」
「毎日似たような内容ばっかりだから、あんまり面白くないよ」
「ふーん……」
「……で、おばさんがなんだって?」
「そうそう。お兄ちゃんが暇そうにしてたら呼んできてって」

 暇そうにしてたら。ということは、そんなに緊急な用事というわけでは無いのだろか。買い物に行ってほしいと言われることはあるけど、行くにはまだ早いような気がする。暇なことは確かなので、伝えに来てくれたレノンにお礼を言いつつ、オレはおばさんのいるであろう作業場に足を運んだ。

「おばさん、呼んだ?」
「あ、シントくん。ちょっと頼みたいことがあるんだけど……」

 オレが入った時、おばさんは何かと向き合って難しい顔をしていた。多分あれだ、帳簿ってやつだ。

「私ちょっと手が離せなくて……。代わりに買い物行ってくれたら嬉しいなぁって」
「それはいいけど……ちょっと早くない?」
「でもほら、最近お客さんも少ないし……。それに、たまにはそういうのも悪くないでしょ?」

 普段は聞くことのないおばさんの言葉に、思わず首を傾げてしまう。もしかして、だけど、おばさんはオレに息抜きをしろと言いたいのだろか。息抜きしてこい、だとオレが行かないから、そういう言い方をしているんじゃないか、子供ながらにそう思ってしまった。

「行くのはいいけど……本当にいいの?」
「良いもなにも、私が良いって言ってるんだから、そこは好意に甘えて欲しいんだけど……」
「わ、分かったよ……。うん、行ってくる」

 その言葉で、オレは確信した。
 ああ、オレはまた気を使わせてしまっているのか。
 いかないって言うと、多分おばさんは少し悲しそうな顔をするのだろう。それが嫌だったオレは、余り気乗りはしなかったけれど、少し早い買い物に出ることにした。

 店に戻ると、静かな店にどこかで聴いたことがあるような、ないような。そんな音楽が流れている。それが、より静けさに拍車をかけている気がした。
 オレを呼びに来てくれたレノンは、おじさんに構ってくれと言わんばかりに絡みついている。どうやら仕事の邪魔をしているようだった。
 オレが出かけることを知ると、レノンは「いってらっしゃーい」といつものように手を降ってくれる。それに応えるようにしてオレも手を振り返し、店の扉に手をかける。開閉時に鳴るベルが店に響き渡り終える前に、オレは店から姿を消した。
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