06話:クチナシに視えたもの

 自分の世界というものは、いつだって突然終わりを告げる。日常なんていうありふれた存在は、いとも簡単に非日常になり得るものであるということを、一体どれだけの人間が気付いているのだろうか? なんて、偉そうなことを言えるような立場ではない。
 俺だって、所詮はその中のひとりに過ぎないのだ。

 思考を遮るようにして、地面の砂利がこすれる音が耳についた。何処かの誰かが俺の横を通り過ぎていくときに聞こえる喋っている他愛の無い会話文と、そいつらが世話しなく歩いていく度に聞こえてくる足音。その間を抜けるように、俺は足早に街を歩いていた。喧騒というのはいつだって誰かを置いてけぼりにするものだが、今の俺はそんなものに構ってなんかいられない理由があった。
 つかつかと自分の歩く音しか耳に入らない位に忙しなくして向かった先に、複数の花々が見える。そこが俺の目的の場所だ。高校三年に至るまでもう何度もこの道は通っているが、よもやこんな形でこの花屋に来るだなんて誰も予想していなかっただろう。俺だってそうだ。
 いつものように花屋の中を覗くと、既に客人の姿があった。しかし俺は、それら人間には目もくれずとある人物がいるであろうカウンターの奥に向かった。本来なら無断で入るべきではないのだろうが、ちゃんと事前に当人の許可は得ている。しかし、傍からしたら不審人物に違いないだろう。
 ここに来た理由は当然花を買いに来たからなのだが、問題はその花が一体何に使われるのかという部分だ。

「……宇栄原」
「ああやっと来た。準備は出来てるよ」

 俺の顔を見るや否や、挨拶や世間話は全てすっ飛ばして本題に入る。
 いわゆる街の花屋とでも言うのだろうか。決して大きい訳ではないが、宇栄原の家は昔から花屋を営んでいる。昔は花が沢山あるというのが珍しかったというのもあって、店の迷惑だとかそういうのは考えもしないで、花の名前の由来とか花言葉なんかを聞きに入り浸っていたりもした。
 それが今となっては客として花屋を訪れるようになってしまったのだから、時の流れというのは怖い。
 宇栄原が俺に手渡してきたのは、小さな花束が入った紙袋だ。夏休みも既に下旬。時期が過ぎてしまっている為わざわざこの花を取り寄せたらしい。俺は別にそこまで頼んでいないのだが、懇意ということで何も言わないでおこうと思う。
 しかし、これを頼んだ日から今日までの間に言いそびれていた礼を、いい加減言わなければならないだろう。

「……悪いな」
「え、なに急に気持ち悪……。というか、お金貰ってるんだから当然でしょ」

 俺の言葉を宇栄原が素直に受け取るだなんてことは思っていなかったが、正直気持ち悪いは予想していなかった。いつもなら「なんだその言い草は……」なんて口にしていたかも知れないが、今日に関してはこんなことを言える立場ではないだろう。まあ確かに、そっちからしたら仕事のうちのひとつでしかないのだろうが、俺からしたらそうじゃない。口に出来ただけマシだと思っておくとこにする。

「ほらほら、何でもいいからさっさと行って来なよ」
「あ、ああ……」

 半ば追い出されるような形で、俺は花屋を後にすることになってしまった。まあ、これでも宇栄原は配慮してくれているのだというのはよく分かる。相変わらず何を考えているのかが分かりにくく、おまけに誤解されやすいのか他の同級生と話をしてるところを余り見たことが無いが、それはお前も同じだろと何処からともなく聞こえてきそうだからこれ以上考えるのは止めようと思う。
 帰りにもう一度花屋に寄ってから帰ろうか。しかしまた宇栄原に変な顔をされそうだが、俺の気が済まないのだからしょうがない。
 この足のまま向うのは、この辺りでは一番近いとある図書館だ。正確には図書館ではなく図書館へと行く道に用があるのだが、そこまでの違いは無いだろう。
 特別誰と約束をしているわけでもないのに、少し、ほんの僅かではあるものの、俺の足はいつもより早くなっている。
 ……時間はいつも、有限なのだ。
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