第7話:消えない光

 いつもと同じ量のそれは、ドサリと重い音を立てて腕にのし掛かる。

「じゃあ、また来てね」
「う、うん……ありがと」

 五人分のご飯となれば、そうなるのも当たり前ではあるけれど。面倒かと聞かれれば、まあ否定は出来ない。でも、それに文句があるわけではないし、オレにはそれくらいしか出来ないから。だから、別にそれに関してはどうとも思わない。

 食料品を買う場所はいつも決まっていて、市場ではなく、靴屋を右に出て真っ直ぐ歩いた先。ほんの少しだけ人通りの少ない場所にあるお店だ。そこの人は、俺も前から知っている人で、行けば当然世間話が行われる。話を聞くくらいなら別にいいけど、オレについての話になるのは、なんて言うかちょっと困る。
 別に、何か面白い話があるわけでもないし、かといって話すようなことがあるわけでもない……訳でもないけど。店主に適当な挨拶をして、いつも逃げるようにして店を後にしてしまうのだって、良いことなんかじゃないっていうのは分かってる。分かってはいるけど、色々と聞かれることが好きじゃないってことも事実なのだ。
 市場から少し離れていると言っても、人はそれなりにいるわけで。重い荷物を持っていると、どうしても人にぶつかりそうになる。そんな道中でも必ず目に入るのは、路地裏に繋がる細い道。……いや、これは普通にただの細い道のような気がする。なんかもう、全部路地裏なんじゃないかみたいな、そんな気分にすらなってしまうのは、明らかにここ最近起きた出来事のせいだろう。

 そんなことを考えていたからか、オレはすぐ近くまで誰かが迫ってきていることに、全く気づかなかった。

「……そんなところで突っ立って、何をしているんだい?」

 その声がオレに向けられているものであると、どうしてかすぐに分かった。というより、考えるよりも前に体は声の主の方へと向いていた。……向かなければ良かったかもしれない。というのが、正直な感想だった。

「うわあ……」
「……キミ、もう少しまともな挨拶くらい出来ないのかな?」

 この少し嫌味っぽい言い方は、紛れもなくアルセーヌだ。あれから二、三日経ってるからか、何となく久しぶりに会った感じがする。いや、言うほど久しぶりという訳でもないし、そもそも知り合いと呼ぶほど会ってないし、それ以前に別に会いたいなんて思ってないけど。ただ、出会ったくらいでは、もうなんとも思わなくなってしまっていた。慣れっていうのは怖い。

「……そっちこそ、こんなところで何してるの?」
「ああ……ちょっと、久しぶりに花でも手向けに行こうかと思ってね」

 アルセーヌの言うとおり、その手には、オレには名前の分からない、簡素にラッピングされている一輪の花が持たれていた。それが何を意味するのかなんて、今この瞬間は別にどうでもよかったけど、次の言葉がアルセーヌの口から出てきた途端に、意味のあるものに変わる。

「……今から、レズリーの家に行こうと思っているんだけれど、一緒に行ってみるかい?」
「え……?」

 思わず、呆けた返事を返してしまう。いや普通、そういうのってオレが行ったら駄目なんじゃないだろうか。あの出来事を無視したとして、確かその人って、もう死んでるんじゃ無かったっけ?わざわざオレを見つけたからといって、どうしてそんな話になるのだろう。
 オレが一度、レズリーと会ったから?それとも、アルセーヌが……貴族が一緒だから、ついて行ってもいいということなのだろうか。どちらにしてもよく分からないけど。

「……貴族って、なに考えてるかよく分かんないね」
「そうかい?それは、キミがまだ何も知らないからじゃないのかな」

 その言葉に、ほんの少しだけ眉が歪む。別にアルセーヌの言ったことがどうとかいう訳ではなく、単にそれが事実だったからだ。
 確かに、あの日のオレはまるで小さな子供みたいに、知りたくないとはっきり拒絶した。だから、その言葉はまさしくその通りだった。

「どうして、キミがレズリーという人物に出会ったのか」

 一歩、アルセーヌが何処かの道へと足を動かす。

「どうして、そのブレスレットを貰ったのか。どうして、彼に会わなければならなかったのか。そして何故、私が自ら、レズリーの家へとキミを案内しようとしているのか」

 ひとつひとつ、オレが疑問に思っていたことを的確に言葉にしていく。その様子を例えるならば、まるで何処かの小説にでも出てきそうな、語り手のそれとよく似ているような気がした。

「少しでも知りたいと思うのならば、私は喜んで彼の家に案内するよ?」

 アルセーヌに出会ってまだ間もないけど、なんというか、この人の言い方はとてもずるい。だって、こんなことを言われてしまったら、例えオレが、羅列されたそれらのことを全然気にしていなかったとしても、考えざるを得ないじゃないか。
 でも、だからと言って、面倒なことに自ら首を突っ込むなんてことはしなくてもいいはずだ。いつものオレなら、考えるまでもなくそう結論付けていたと思う。いつもだったら、の話だけれど。

「……荷物、置いてきてからでいい?」

 その言葉を聞いたアルセーヌは、柔らかな笑みを溢す。それを肯定だと捉えたオレは、答えを聞くよりも前に足を動かしまいそうになる。それはつまり、知りたくないと拒否していることが、嘘に近い何かだったということの表れだったのかも知れない。

「ここで待っているから、行っておいで」
「う、うん……っ!」

 ああ、なんだ。何だかんだ言いながら、オレはちゃんと知りたがっているんじゃないか。気付けば、足は靴屋の方向へと歩みを進めている。それは、重たい荷物なんてものを感じさせない程によく動いていたが、そんな中で、ある疑問が頭を過る。
 例えばの話だけれど、これが父さんと母さんについてのことだったら、オレはこうやって、素直に行動に移していたのだろうか、と。
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