Caligula

ペットは飼い主に似る

2018/12/24 21:32
主琵琶
 
「永至先輩」
昼休みが始まったばかりの3年4組の教室に現れた僕を見て、彼の口元がひくりと引き攣ったのが愉快だった。そういえば先輩はいつもお昼はどこで何を食べているのか、そもそも学校でお昼を食べているのかということだって僕は知らないけれど、そんなことはどうでもいいのだ。
「遊びにいこ」
「遊びに、って……君、午後の授業には出ないつもりか?」
「遊びにいこ、先輩」
「…………」
三度目はない。にこり、と笑ってみせる。上級生のクラスだろうがなんだろうがお構いなしに僕が教室の中へと足を踏み入れ、ずかずかと机に向かって歩みを進めていくと、先輩はやがてため息をつきながらやれやれといった風に首を振った。近くの男子生徒に小声で何かを告げると、鞄を手に取り僕のほうへと自分からやって来る。
「ん、えらい」
整えられた胸元のアスコットタイを軽く引いて、そのまま先輩の唇に自分のそれを押しつける。ほんの少し前までなら教室にいる生徒、主に女子から悲鳴が上がっていたものだが、それも今では当たり前の光景として受け入れられていた。がたがたと机を並べて弁当を広げる生徒、財布を片手に学食や購買に向かう生徒、日当たりのいい人気の昼食スポットである中庭に場所を確保しに向かう生徒。普段と変わらない人の流れの中に、当然のように僕たちの姿が在った。
「ふふ、うれしいね、みんな僕たちのこと認めてるんだろうね」
「……」
「ま、関わりたくないと思われてるだけかもしれないけど……さっきの人にはなんて伝えたの?」
「……体調不良で早退する」
「ふぅん」
なんとか平静を装おうとしているものの、屈辱だ、と顔に書いてある。笑ってしまいそうだ。次の授業の先生に、ちゃんと伝えといてもらえるといいね。無断欠席にならないようにさ。
「やっぱり似合うね、そのピアス」
「……」
先輩の耳をうっとりと眺めながら呟く。初めは品の良い主張しすぎないリングピアスひとつだったそこは、今ではだいぶ賑やかだ。追加でリングをいくつか通した他に、軟骨から耳たぶを通す長いインダストリアルピアスをつい先日、開けた。ひとつひとつのデザインは彼の好みそうなシンプルな物だったが、これだけ集まると流石に喧しいなというのが、正直なところ。僕の手で猥雑な繁華街の裏路地のように作り替えられていく自分の耳を先輩は嫌がったが、彼の本質が少しずつ外に垂れ流されていくようで、悪くはない。
「行こう」
こんな立場になっても尚優等生の肩書きを捨て去れないらしい男の手を握って、僕は歩き出した。

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